*誰かが、ではなく、自分が、という意識*

どうも、おそのです。
すっかり秋めいてきたなあと思っておりましたが

なんだか、今日は暑いなあ…

上着着てきたのに、暑くてインバッグです。
どうなっているんだ日本。





それでなんですけど。
月曜日の祝日、まさに天気の良い午前中。
家で息子さんの体温をはかっていたその時、
家の前ですごい音がしまして。
ん?と思ってベランダに出たら車が丁度道路挟んだ前の家の壁に衝突していたようなんです。

すごくびっくりして。
でも車から運転手の方が歩いて出てきて、車のまわりを見ているわけですよ。
結構大きい音だったのでご近所さんもわらわらと出てきて。
車の損傷も激しいものだったんですが、運転手の方も歩けてはいるものの、高齢だったのでどこか悪いかもしれない。
でも、周りの人は「危ないわねえ」なんて言いながら、井戸端会議的なものに発展し…
周りの人数はあっという間に20人くらいになりました。



さて、突然ではありますが。
誰が救急車を呼んだのでしょうか?









結論としては、おそのが現場見た後すぐ救急車呼んだんですが。
でももしみなさんがこの現場にいたら、どうでしょうか?
もちろん、福祉を学ばれている学生のみなさんなら、すぐに呼んだかもしれません。
でも、
「もしかしたら誰かが呼んでるかもしれない…」
「運転手歩いているようだし、別に呼ぶまでもないかもね」
なんて思う方もいるでしょう。

これって、実は責任を勝手に分散しているんですよね。
自分以外にも目撃者がいるわけだから、
自分ではなくて他の誰かが
やってくれるだろう、と人間は思ってしまうものなんです。
目撃者が多ければ多いほど、実にたやすく思いがち。
心理学では有名なお話しです。
また、逆に事を大きくしてしまうことで非難されたりしないか…なんて思ってしまい行動を躊躇してしまうこともあります。
実際に、アメリカでは昔このような事態(心理学用語では、“傍観者効果”といいます)が起こったせいで、すぐに通報すれば助かったかもしれない被害者が亡くなってしまうという事件が起こっています。

誰かが…なんて思っているうちに
事態は思わぬ方向に向かうかもしれません。
今回は、特に運転手の方も鞭打ちもせず、すぐに帰ってこられてよかったなあなんて思っていますが
もし何かあってからじゃ遅いこともあります。

「ちょっと大げさすぎない?」なんてことはありません。


誰かが、じゃなくて
自分が、を目指して。


皆で気持ちのいい日々を過ごしていきたいですね。




心理学で学んではいるものの
実際の現場を目にすると、本当にこの傍観者効果はこわいかもしれないと実感したおそのでした。
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プロフィール

鈴た(タカヒロ、T)

Author:鈴た(タカヒロ、T)
新潟医療福祉カレッジで学生相談員をしています。臨床心理士です。
主に、在学生の悩みや心配事について共に考えたり、必要に応じて心理検査などを実施します。

いわゆる変な人、風変わりな人の部類に入ると自負しております。

好物→心理学全般、ペンギン、毛布、数の子、缶コーヒー、カウンセリング実践

嫌物→お米、暑さ、湿気、数学、虫、騒音

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